コロナとマスコミ

マスコミが世論を先導する社会でいいのだろうか

拉致被害者2人の一時帰国拒否、その理由

北朝鮮による拉致の被害者二人が安倍政権時に一時帰国拒否されたという共同通信の報道。この記事を読む際のポイントは拉致被害者の一人、金田龍光さんについて「拉致の可能性を排除できない」と記述している点である。もう一人の田中実さんについて政府認定拉致被害者と断定された記述になっている。

北朝鮮にいることが分かっていて、しかも北朝鮮側が日本に一時的に返すと言っている失踪者が何故「拉致の可能性を排除できない」という記述になるのか。それは金田さんが自らの意思で北朝鮮に渡った可能性があるからだろう。拉致の詳細については報道が少ないため詳しい事情は分からないが、金田さんは韓国籍という事だから単純な連れ去りとは言えない状況があったのかもしれない。

そして何故日本政府が北朝鮮の提案を拒否したのか。

普通に考えれば日本政府、特に拉致問題に積極的だった安倍政権が被害者を見捨てるはずがない。(異論もあるだろうが、拉致実行犯の釈放嘆願書に署名した政治家らより拉致被害者寄りであった事は否定しようがない。)日本政府憎しの方々はどうしても悪い方へ考えてしまうと思うが、自分があの場に立っている政治家だったら、と想像してみてほしい。

拉致問題を前面に掲げてきた政治家が次の選挙で落とされる理由になりかねない行動を取る事にどんなメリットがあるだろう。日本に帰国したがっている拉致被害者がいて、一時帰国させて日本との感動の再会を果たすだけで済むなら、北朝鮮の提案を拒否する理由がない。

それを拒否したという事はこの北朝鮮の提案に大きなマイナス要素が潜んでいたからだろう。金で解決する問題なら支払うはず。北朝鮮に金を払った事が明るみになってもこれを批判する国民は少ないし倫理的に批判しづらい。つまり政治家の政治生命という観点で見てもデメリットがない。では日本政府は何を警戒したのか。

それはおそらく「拉致の可能性を排除できない」という曖昧な記述にならざるを得ない被害者の性質だろう。北朝鮮が一時帰国させても良いと言っている事も鑑みて、彼らが北朝鮮の代弁者になっている可能性が高いと判断されたのではないか。

彼らが一時帰国して記者会見で「私達は拉致されたのではなく自分の意思で渡った。他の拉致被害者達も自分の意思で来たし今は幸せに暮らしている」といった発言をしたら、今回の二人の被害者だけの問題に留まらず他の被害者および被害者家族にも影響が及び、拉致問題全体の解決が遠のいてしまう恐れがある。

 

安倍政権が拉致問題を解決しようとしなかった、という論調の記事は以前もあって、その時もネット記事のコメント欄が反安倍づくしになっていたが、さすがにそれは無理筋な批判だと思う。安倍氏の反対側にいる政治家が北朝鮮に対してどんな姿勢だったのか考えると、彼らが政権を握っていたら解決したとも考えられない。自縛の日本政府が外交で取れる手段は限られているから、誰が舵取りしても難しい問題である事は確かだ。

学校教員の役割 先生は忙しいという報道

最近新聞記事やニュースでやたらと言われる学校教員の過労。
ヤフコメでも頻繁に「教員です。」で始まるコメントを見かける。

その中に「試験の〇×付けるのが大変」というコメントが複数あってほほえましかった。

昔、部活の時間に準備室でずっと読書している先生がいてうらやましい仕事だなと思っていたが、あれもきっと本人的には長時間労働で苦しんでいたのだろう。教員の苦労を何も知らずに申し訳なかった。

冗談はさておき、学校教員に何もかも押し付けすぎだという指摘は正しい。


学校教員とは、高いハードルがあったわけでもなく特殊な訓練を受けたわけでもない(大学で意味があるか分からない科目をいくつか余分に履修はしている)社会経験も積まずに学校に放り込まれた、我々と同じ一介の労働者である。その普通の労働者に生徒の生活指導やら高い道徳性の要求やらをするのが間違いだ。

塾講師にそれらを要求するだろうか?

学校教員は公務員だから、と言われるかもしれない。
しかし彼らの実態は塾講師と変わらないのだ。過去を精査され一定の倫理基準を満たした人物のみが選抜され学校教員になるのではない。企業の営業部員のように日々対人能力を磨き続けてきたわけでもない。指導要領に沿った各教科の指導以外の仕事を彼らに求めるのがお門違いなのである。

彼らは実質的に塾講師と変わらないのだから、などと言ったら競争にさらされ日々練磨している塾講師に怒られるだろうが、塾講師に要求する以上の仕事は要求すべきでない。

それなら「塾講師を学校で雇えばいい」となるが、学校の先生方の負担を減らすために是非検討してみるべきだろう。

気候変動問題を解決するのは活動家なのか?

テレビニュースを見ていると気候変動などの社会問題解決を目指す活動家の学生がよく取り上げられる。池上氏によるテレ東ニュースの学生特集コーナーを見ても、団体を作って交流したり政治に働きかけたりする学生の話ばかりで、理系の地味で過酷な研究活動に従事する学生にスポットが当たることはない。

しかし気候変動問題を実際に解決できるのは誰だろう。CO2排出を減らす技術を開発するのは誰だろう。再生可能エネルギーのコストを下げて普及させよ、と言うがコストを下げる技術革新は誰がやるのだろう。少なくとも三角関数の使い道が分からないような人々にはできない。

ニュースでキャスターが「科学の時代」を口にしてトランプ批判するのに、日本の大学は科学論文を一本も書かないで大学卒業資格を得られてしまう。もしかしたら批判している本人も、科学論文を書いた事はおろか読んだことすらないかもしれない。これまでのコロナ報道を見れば、論文検索して最新情報を探し出してくるような人材がいない事は分かる。

重要なのは蟻の仕事である。もちろんキリギリスも必要だが、歌好きはいくらでもいるのだから支援してまで増やす必要はない。報道に感化された若者が蟻の仕事を軽視し、歌を習いに大学に通う世にならない事を願う。

交通事故で死亡の10代をコロナ犠牲者と誤認させる見出しを付ける東京新聞の倫理観

この記事は大分前のもので今更ではあるのだが、報道のミスリードの好例として記録しておきたい。この時はテレビニュースでも「コロナ感染の10代死亡」とやっていた。この記事を最後まで読むと分かるように事実は「交通事故で死亡した10代を検査したらコロナ陽性だった」というもの。

<新型コロナ・28日>東京都で新たに248人が感染 死者8人、重症者117人 都内で初めて10代死亡:東京新聞 TOKYO Web

www.tokyo-np.co.jpコロナによる死亡者や重症者の数を伝える見出しにこの10代死亡者を並べたらまずいことは彼らも分かっていただろう。交通事故で死亡したのに、この見出しではまるでコロナで10代が死亡したように読み取れてしまうからだ。

なぜこういう愚かなことをしてしまうのかと言えば、アクセス数を稼ぎたいのもあるだろうが、彼らの間違った使命感のせいだろう。

「感染拡大を抑止するために人々がコロナを甘く見ないような伝え方をしなければならない」

彼らはそれが正義だと思っているから、読者を欺くような見出しを付けても平気でいられるのだろう。しかし、報道の仕事とはそういうものだっただろうか?

世の中を「彼らが信じるより正しい方向」に導くため、世論誘導するのがジャーナリズムだっただろうか?

統一教会と政治家をめぐる報道が怖い

統一教会と政治家(自民党)をめぐる報道(新聞週刊誌ワイドショー)が怖い。

日本が韓国に貢ぐべきなどという教義の宗教団体は潰れたほうがいいのは当然だが、政治家が会ったとか挨拶したとか。それは連日の集中砲火を受けるほどの悪事なのか?

安倍氏は殺されても仕方なかったほど統一教会に便宜を図ったのか?

 

接点が罪だと言うのなら、集中砲火を浴びせている側も統一教会の問題を知りながら長年見て見ぬふりしてきたのだから仲間だろう。安倍氏が暗殺されるよりずっと前に今のように糾弾すべきだった。

 

しかし、もし安倍氏の首相在任中に統一教会に解散命令が出たりしたらどうなっていただろう。「韓国嫌いのアベが強権を発動して弾圧した」と非難の嵐になっていたことは想像に難くない。

果たしてオウム真理教破防法適用に反対した人々は支持してくれただろうか。

www.nichibenren.or.jp

NHKのみんなの歌でジャニーズ 公共性ってなに

先日ラジオを聴いていたら真面目なアナウンサーの声で「次はみんなのうたです。曲はセクシーゾーン」というフレーズが流れてきて失笑した。NHKアナウンサーがセクシーゾーンと発音するのも笑えるし、みんなのうたでジャニーズを取り上げるのもおかしい。

大きなバックが存在する芸能人の歌は公共放送が取り上げないでもあちこちで流れるのだから、金の出所が違うNHKがわざわざ重複して取り上げる必要はない。

 

広告屋に支配されずに済む受信料収入があるのに、広告屋が治める世界に自ら足を踏み入れるなら民放と何も変わらないから受信料収入の特権はもう必要ないだろう。

 

安室奈美恵の引退や嵐の解散がニュース速報のテロップにあの効果音と共に流れた時も
思ったが公共放送とは一体何だろう。私には芸能人が仕事を辞めるという情報に公共性も速報する価値もあるとは思えない。

「みんなが知りたいことを知らせるのが公共放送だ」では定義が曖昧で「みんな」も「知りたいこと」も時と場合によっていかようにも設定できてしまうから、定義のすり替えができないようにもっと具体的にはっきりと「公共性」の定義をしてもらいたい。

共同通信が山上容疑者をアシスト

共同通信のこの記事はやばいね。

安倍派が最多と指摘する意味はなに?
安倍氏統一教会を結び付けたい記者の意図が見え透いている。

実際に結びついている?

では、安倍氏統一教会にどんな便宜を図っていたというのか。
統一教会が日本から女性や金を奪い去る行為に安倍氏がどんな風に協力していたのか。
(収奪をアシストしたのは安倍氏自民党ではなく、むしろ左翼教師や左翼知識人によって我々に刷り込まれた「日本人は韓国人に贖罪し続けるべき」論だと思うが。)

便宜を図った話が何も出てこないのに執拗に安倍氏統一教会の結び付きを印象付けようとする。エリートジャーナリスト達が、正当ではない暗殺犯の動機に正当性を与えようとする。

接点があるだけで、殺されても仕方ない空気に持って行かれるなら今後政治家は素性が明らかで社会に広く認知された団体以外と交流しないようになるだろう。切実な社会問題の陳情に来たNPOに対して「どこかの宗教団体の下部組織かもしれないから会わない」とか「違法行為を厭わぬ過激派が内部にいるかもしれないから関わらない」となるだろう。

 

これがジャーナリズムなのだろうか?
当のジャーナリスト達はこれでいいと思っているのだろうか?
この異常さを内部で批判する者は誰もいないのだろうか?
外から批判してくるやつはみんなネトウヨ、で済ませていいのだろうか?