コロナとマスコミ

マスコミが世論を先導する社会でいいのだろうか

ほんとは皆あんま興味がない地球温暖化

新型コロナの流行は、世界中の都市をロックダウンに至らせ、人間活動を抑制した。その結果、CO2の排出量が過去最大の減少幅で減ったそうである。

これで少しは大気中のCO2濃度も減ったのかと思いきや、コロナ前と同水準で増加したとの事。

気象庁の環境・海洋気象課の吉田雅司調査官の話として

「排出量の減少の影響を注目していたが、大気中の濃度は増加量の鈍化も認められず、自然の変動の中に埋もれてしまった」

と記事内に記述されている。

過去最大規模でCO2を減少させたのに自然変動に埋もれてしまうくらいしか大気濃度に影響しないというのは大変残念な結果である。もちろん大気の組成に影響を与える要因は様々あるだろうし、CO2排出も減らしたからすぐに大気濃度に影響が出るという類のものでもないのだろう。

しかし世界中でこれだけ大騒ぎしている問題なのだから、この観測結果はもう少し議論になっても良かったと思う。この結果が既存のモデルで説明できるのか否か等。

素人目にはCO2の排出を減らしたら大した時間差なく大気中のCO2濃度も減るような気がする。他に特異な要因がなければ。

その辺に興味がある。

これが大した話題にならなかったのを疑問に思う。難しいとは思う。どうせまた陰謀論陰謀論批判の舞台にすり替わってしまうのだろうから。

この東京新聞の記事は変な煽りもなく良い記事だった。

安倍氏暗殺事件をめぐる報道がおかしい

安倍氏暗殺事件のテレビでの扱い方や知識人達の見解が空恐ろしい。一昨日もNHK江川紹子氏が、この事件に「政治と統一教会の繋がりを明らかにした」功績があるかのように伝えていた。

私はこの事件をそういう文脈で語ってはいけないと思う。少なくとも江川氏のようなリベラル知識人はそうすべきでない。

なぜなら、この事件は見方を変えれば「ネットの誤情報に踊らされた者による見当違いの殺人事件」になるからである。そしてそれは知識人達がいつも警鐘を鳴らしていた忌むべき事態なのだ。


安倍氏統一教会に一体どんな便宜を図ったのだろう。

事件が起きて以来、連日大騒ぎでジャーナリストも血眼になって探し回ったが、出てきたのはビデオメッセージと安倍氏祖父の握手写真、関連団体の会合に出席した議員(与野党)の存在、選挙運動への協力要請といった所である。

安倍氏統一教会から何かを受け取り見返りを提供した事実は見つからず、騒いだ割に出てきた事実は小さい。いや、あれがある、これがある。そういう細かい指摘は色々あろうが、実のところ今回私が問題視している件に事実関係はさほど重要ではない。

事実の有無以前の問題なのだ。

報道される山上容疑者の供述内容を聞くと、安倍氏統一教会の繋がりとして挙げられているのがビデオメッセージと安倍氏祖父の時代の話だけなのである。

『捜査関係者によると、さらに山上容疑者は「安倍元首相のメッセージ動画を見て団体とつながりがあると思った」と話していることが新たに分かった。』文春引用

『山上容疑者は「岸信介元首相が団体に関係があると思い、孫の安倍元首相も関係があると思った」と供述している』日テレニュース引用

これだけだ。他にに何かまだ知られていない情報を持っているのか思っていたが、何も出てこない。そもそも供述内容が全然報道されていないのである。

これで「安倍さんにも原因あるから仕方ないよね~」という世論になってしまったり、ジャーナリストが「この事件で自民党統一教会の癒着が明らかになった」と言ってしまうのが理解できない。その論理が成立するなら拉致事件との関連が指摘されている朝鮮総連に挨拶に行った政治家が拉致被害者家族に襲撃されても仕方ない」し、

共産党と総連の癒着が明らかになった」になってしまうではないか。それは違うだろう?

そういう血で血を洗うような世界もあるのかもしれないが、我々が生きる社会、そしてリベラル言論人が目指す社会がそれじゃないのは明らかだ。


安倍氏統一教会の関連を指摘する投稿は5chなどのネットの底ではよく見かけた。ネット以外では見た事も聞いた事もない。5chには壺がどうとかの内容や安倍氏のAAがよくコピペされていた。山上容疑者の供述内容には、このネットでコピペされている程度の話しか出てこないのである。安倍氏と統一の繋がりを示す具体的な根拠がない。(挨拶動画の件でどうこう言うのがおかしいのは総連と志位氏の件を考えてみれば明らかだ。無論、挨拶に行った志位氏を同様に批判するならば矛盾しない。)

しかも、実際に安倍氏統一教会と関係があったのかと言うと、とても関係があるとは言えない程度の薄い繋がりしか出てこない。大手新聞社の一流記者達が探し回ってもあの程度しか見つからないのだ。なお繰り返しになるが、事実の有無は重要ではない。

ネットのコピペ程度の情報しか持たない山上容疑者が安倍氏統一教会に関係があると判断して氏を殺害した。
そしてこの程度の関連性しか把握していなかった山上容疑者を、ジャーナリズムが「安倍氏と統一の関係を明らかにした悲劇の主人公」扱いした事が問題なのである。

次の文章は「濫用される陰謀論」で濫用事例として取り上げた秦正樹氏と旗智広太氏の記事からの引用である。
『大阪では今年3〜5月、やはりネット上の情報にのめり込んだ29歳の男が、「日本を滅亡に追い込む組織」などとして立憲民主党辻元清美議員事務所や、在日コリアンらが通うコリア国際学園、そして創価学会支部を立て続けに襲った。』

秦氏と旗智氏はこれをネットのデマ、陰謀論を信じ込んだ者の凶行だと断罪している。その通りである。普通は辻本氏や在日コリアン創価学会が日本滅亡を望んでいるなどと思わないし、仮に辻本氏に反社会的な人物との繋がりがあったとしても、それだけで責め立てたりはしない。ましてや襲撃など言語道断である。

なぜ唐突にこの文章を持ってきたのかと言うと、ここに書かれている「ネット上の情報にのめり込んだ29歳の男」の事件が山上容疑者のそれと同じ構造を持っているからである。「29歳」を「41歳」に置き換え、「日本を滅亡に追い込む組織」を「統一教会」に、「辻本清美議員」を「安倍晋三議員」に置き換えてみてほしい。

辻本氏や在日コリアン創価学会が「日本を滅亡に追い込む組織」に属している証拠はない。しかし辻本氏に反社会的人物との「接点」が指摘された事はあった。

全日本建設運輸連帯労働組合 - Wikipedia

また、朝鮮学校校長が拉致事件に関与していると疑われた事もあったが、

これらの情報から彼らを「日本滅亡に追い込む組織」と断ずる事ができるはずもない。根拠が薄すぎる。

山上容疑者による安倍氏暗殺事件も同じだ。「祖父の代から関係しているとネットに書いてあったし挨拶動画も見たから」などという薄弱な根拠で安部氏を統一の黒幕と認定していいわけがない。

これは見当違いの憎悪なのだ。※

納得できない人はここでもう一度「安倍氏」を「辻本氏」に置き換えて考えてみてほしい。仮に辻本氏に、逮捕歴のある人物との接点、献金を受けていた事実があったとしても、そこから氏を反社会的人物と認定するのは無理があり、襲撃にまで至るのは異常だ。同様に安倍氏統一教会の関連団体に挨拶動画を送ったからと言って、教会支援者と認定するのは無理があり襲撃するのも異常なのである。

事件の論理的な構造を見れば、山上容疑者の凶行は彼らが言う「陰謀論にはまった29歳ネット右翼」のそれと同じなのだ。

左派議員を襲撃した犯人は陰謀論にはまるネット右翼、右派議員を襲撃した犯人は悲劇の主人公、などというダブルスタンダードをジャーナリズムが許していいはずがない。赤旗など政党機関紙ならばそれで良いと思うが、社会の公器を続けるつもりなら許されない。善良な市民はまだ彼らを公平な存在と信じている。)

普段から「ネットは陰謀論の巣窟」などと宣って右翼批判している知識人の方々はこの事件を「ネット陰謀論にはまった孤独な中年男」の事件として非難しなければ筋が通らないのである。

そしてこの事件は統一教会の問題に光が当たった」とか「政治と宗教の問題を考える事ができた」に繋げてはならない。辻本氏の襲撃事件から「連帯ユニオンがどういう組織か知る事ができた」なんて言ったら………怒られるでしょ?

 

アベシネ系の人達が祝杯を挙げ山上容疑者を擁護するのは構わない。我を失って憎悪を発露させる者が言論界で立場を維持できるはずもなく、ただ消えていくだけだ。

だが、江川氏のようなリベラル派ジャーナリストがこの事件を統一教会問題として取り上げてしまうのは本当にやるせない。何が問題か分からずにやっているのなら迂闊だし、知ってやっているのなら悪質だ。

でも…統一教会はひどいことしたでしょう?それは勿論そうだ。もっと早く解決すべき問題だった。合同結婚式で騒いだ後になぜ空白の時間が生まれてしまったのか私には分からない。政治の圧力があって報道できなかったと言うなら、具体的に誰が圧力を掛けたのか明らかにして責任を追及すべきだ。報道規制されるほどの事態ならば記録が残っているはずだ。疑惑を匂わせるだけで終わらせてはモリカケ同様の無意味な政治不信を煽るだけである。はっきりさせなければいけない。もし圧力を掛けられた記録がないならば、メディアには追及を自発的にやめてしまった理由を明らかにしてもらいたい。

 

※山上容疑者が安倍氏暗殺の社会的影響力を利用する目的で事件を起こした可能性は勿論高いし本人も安倍氏は本来の標的ではないと供述しているはずだが、ジャーナリストはこの事実から目をそらし、事件を政治と統一教会の話に集約するばかりだから私もここでは無視している。「安倍氏を利用した」が前面に出ると政治と統一の癒着にフォーカスできなくなるから避けているのだろう。

少子化は子育て支援不足が原因なのか?

子育て支援子育て支援と連日テレビで政治家が念仏のように唱えているが、実際のところ国による子育て支援は必要なのだろうか。少子化解消の為というが、少子化の原因は子育てに金が掛かるせい、というのがそもそも正しいのかよく分からない。
昔は子供が5人6人いるのが当たり前というような時代もあったが、あの頃はみんな金持ちだったのだろうか?

いやいや、あの頃は金がなくてもオッケーだった。今は教育に金が掛かるんだ。

という答えも予想はできるが。

教育に金が掛かる主な要因は塾通いと私立校である。

この根底にあるのは先月書いた通り、公立学校が教育機関に求められる本質的な役割を果たしていないという問題である。学校を改革し塾化すれば、学校と塾に両方通うなどという無駄は解消できる。小中学生にかかる教育費を公立校通学の費用以外発生しない状態までは持っていけるはずだ。

だが、仮に教育費の負担がなくなり子供を持つ金銭的な障壁がなくなったとして、それで少子化は解消に向かうのだろうか。

私の直観的には、少子化の問題は細かいお金の話ではなく、社会の常識とか因習とかそういう感覚的な次元の話に思える。子だくさんの有名人が揶揄されているコメントをネットで見ることもあるし、もっとストレートに「子だくさんに嫌悪感」と表明する人もいる。

この「貧乏なのにたくさん子供産むな」という呪いのような空気に縛られている親は結構多いのではないかと思う。本人は子供に習い事させなくても良いと思っているけど「習い事させられないのに3人目産んだ」という周りの目が怖い、とか、私立校に通わせてあげる財力がないけど3人目産んでいいのだろうか、とか。

こういう空気があると「周りの家庭より子供を多く持とう」という意志はなかなか持てないだろう。もちろん現実社会では誰もこんな発言をしないわけだが、暗黙の了解としてこういう空気が今の社会に漂っていて、多くの人がこの価値観に縛られているのではないかと私は考えている。だから子育て支援を手厚くした所で少子化問題は解消しないのではないかと。

 

少子化問題が政府の責任である方がジャーナリストや一部の政治家にとっては都合が良いから少子化の原因は政府の子育て支援不足」に異論が挟まれる機会がなかなかない。しかし、ここは一度立ち止まって検証してみても良いと思う。

もっとも、この問題をマスコミが取り上げ続けて、それに押された政府が次々と支援策を実現していく流れから子沢山を忌避する空気が次第に打破されていくという副次的な効果も想像できるから、この流れで良いのかもしれないとも思っている。

まぁでも最近あんまりにも子育て支援の話ばかりなので、子供のいない人々からすれば世間から取り残されてしまったような疎外感を覚える事になり誰も取り残されない社会の実現からは遠ざかっている気がする。

市民の警戒心を高める為ならミスリードも、倉原優医師の文章

この記事。

え、今の新型コロナ肺炎は初期のものよりヤバイの?

と受け止めてしまいかねない見出しだが、本文を注意深く読むとコロナの悪性度の話でない事が分かる。

『コロナ禍初期にみられた新型コロナ肺炎は、ただただウイルスが肺内で暴走している現象をみていました。「ウイルス性肺炎」は、肺の中で同時多発的に起こるので、刷毛で塗ったように薄い白色のカゲが肺全体に広がります。そのため、「両肺が真っ白」になる人が多かったのです。オミクロン株以降、ワクチン未接種者を除いて、こういうウイルス性肺炎は減りました。

大切な部分を太字にした。ウイルス性肺炎は減った、と書いてある。ああ、やっぱり毒性は弱まっているんだね。良かった良かった。という話ではないのだろうか?

一体何が『まったく違う』のだろう。読み進めると明らかになる。

『かわりに、高齢者が増えたことによって、新型コロナ陽性の細菌性・誤嚥性肺炎が増えました。誤嚥した細菌・食事が肺の中に転がっていくから、肺の背中側や下側に起こりやすいのです。』

入院患者に高齢者が増えたから高齢者に起こりがちな誤嚥性、細菌性肺炎が増えた、って。

要するにこういう事か。ウイルスが弱毒化して若年層が入院しなくなり、入院する新型コロナ患者は高齢者ばかりになった。ウイルスは弱毒化しているから高齢者でもウイルス性肺炎は起こらない高齢者は元々抵抗力が弱く、細菌性・誤嚥性肺炎を起こしやすい。結果、新型コロナ病床で見られる肺炎はウイルス性が減少し細菌性ばかりという高齢者医療現場で見られるごく一般的な状況になった。

『まったく違う』のは新型コロナの脅威度ではなく医療現場、新型コロナ病床の状況だったのだ。コロナ肺炎どうこうではなく、どちらかと言うと高齢者医療が大変だという内容の記事だった。

この内容に対して『新型コロナ第8波の肺炎は初期とはまったく違う』みたいな題を付けて良いのだろうか。「市民の警戒心を高める為なら少しくらいミスリードしてもいいよね、別に嘘ついてるわけじゃないんだし。」的なノリなのだろうか。

確かに嘘ではないから責められない。

 

大切なのは私達が知る事だ。医師だろうと大学教授だろうとジャーナリストだろうと、社会的地位の高い信頼されている人達だとしても、こういう文章を書く。人は皆自分の信じる正義の為なら不誠実を許容してしまう。それが人間。嘆く事でもない。

そういうもんだと思って読む。聞く。ミスリード記事でも重要な情報はたくさん含まれている。学べる。必要な所だけインプットして煽情的な所は苦笑して流す。

できれば専門家には煽るような記事を書いてほしくはないが、伝える事の難しさを思えば致し方ない側面もあるのかもしれない。情報の受け手である私達が常に「冷めた目」で彼らを見る事ができればバランスの取れた言論社会が実現できるように思う。

紅白歌合戦とジェンダーバイアス

紅白歌合戦の存在は本当に謎だ。

たとえば自民党議員が人を集めて紅組白組に男女を色分けしてカラオケ大会をやったら、それだけで大問題だろう。そこに性自認が女性である男性がいて彼を白組に分けたりしたら、テレビは連日大騒ぎになり議員辞職に追い込まれる者すら出るだろう。

20年前ならまだしも今の時代に、しかも「LGBTの権利を守ろう」と掲げている人達が率先してジェンダーレス社会に逆行しようとするのだからまったく笑えない。男女の色分けはジェンダー問題の基本のはずだ。朝日新聞のような大メディアも取り上げている。

しかも単に番組を続けるだけにとどまらず、NHK職員有志が紅白を改革しようとする会長を批判する声明文まで出したのだから噴飯物だ。

『『紅白』も打ち切りになる方向で進められています。すでに前田会長は執行部に『終わらせる』と話しているそうです。昨年も前田会長による激しい介入があり、紅組、白組の対抗形式を廃止するよう指示。抵抗した現場は苦し紛れに『カラフル特別企画』を入れていました』

時代を考えれば、そして自分達が普段展開している主張からすれば打ち切りは完全に正しい方向のはずだ。

NHK職員は本当に「紅白歌合戦を続けるべき、続けていい」と思っているのだろうか。会長への抗議には唖然とした。

他のメディア、ジャーナリスト達から「紅白歌合戦ジェンダーレス社会に逆行しているからやめるべき」という批判の声が上がらないのも理解できない。もちろん「仲間だから非難しない」という空々しい現実は理解できるが。

ジャーナリスト達の掲げる正義が、いつも特定の方向にしか働かない事にうんざりする。リベラル思想は政敵を叩くための道具ではないはずだ。彼らには、もうこれ以上リベラル思想を歪めないでくれと伝えたい。

学力別クラス分け 平等な公教育

テレビでこの手の話題が取り上げられるのは珍しい。良い事だと思う。

テレビで仕事をする芸能人が発言できる内容は限られているだろうから、マツコ氏の発言から氏をどうこう言うつもりはない。芸能人は求められた役割を果たすだけだろう。今回は平等な教育を考える上で良い発言があったので取り上げたい。

『(学力別)クラス分けなんてしちゃったら、塾と一緒じゃん、もう。わざわざ学校を作る意味なんてもう…みんな塾行かせればいいじゃない、そしたら』『わがまま言う人は私立行かせれば良いんだよ』

クラス分けしたら塾と一緒。その通りだ。わざわざ学校を作る意味なんてない。学校を廃止して浮いたお金で子供達に好きな私塾に通うチケットを配ればいい。

塾は必要とされているから存在しているのであり、この話は逆に言えば学校が教育機関としての役割を果たしていない証とも言える。親達あるいは子供達自身が、学校の授業は不十分だと感じているから塾に行くのである。

塾は結果を出さなければならないから教育効率を重視する。効率を重視すれば進度別のクラス分けという結論に至る。一方学校はと言うと、マツコ氏が言うように、

『つまずいていいじゃん。勉強でつまずいたときに、勉強以外にやらなきゃいけないことを作ってあげる方が、私は本来の姿だと思ってるの。みんながみんな、大学受験に向けて、それだって日本の大学受験なんて暗記じゃん、ほぼ。』

勉強とは違う何か

を追求する場所なので教育効率など気にしない。大切なのは結果ではなくイデオロギーだ。クラス分けなどして子供を差別しない。

その高邁な思想の下で、塾に通える豊かな家庭の子供ばかりが東大に進学するという格差が生まれた。

なお、このデータは「金を稼いで裕福になるのは勉強できる者であり、その勉強できる能力は子に受け継がれる」事を意味しているかもしれないから鵜呑みにしてはいけない。しかし「塾に行った方が難関大進学に有利」を否定する人はいないだろう。

これは「東大に行けないくらいで泣く事ないよ」と諭せば済むような話ではない。この話からは塾に行く事が高等教育を受ける前提になってしまっている日本の公教育の問題が垣間見えるのだ。

次の記事は物価高が困窮世帯に与える教育面の影響についての調査だが、本文中に

『高校生がいる世帯を対象に、高校生の進路への影響を尋ねた結果では、「塾や予備校に行けない」を挙げた割合が54%に達し、』

という記述がある。塾や予備校に行けない事が高校生の進路を左右する重要な要素と認識されているのである。高校生の進路を左右しかねない重要な教育を、国が国民に平等に与えられていない現状は大問題である。

金を払って塾に通った者だけが高度な教育を受け、意欲と才覚があっても塾に通えない者はその機会を失う。これを平等な教育と呼べるだろうか?

この教育格差は簡単に解決できる。学校が塾並の教育を提供すれば良いのである。

塾と学校の決定的な違いは何か。それはマツコ氏が言及していた「クラス分け」である。講師の質や教科書、カリキュラムは、学校がその気になればどうにでもなる。塾を学校化してしまっても良い。何より重要なのは進度別のクラス分けだ。理解の早い者には先を与える。これが許されれば学校も塾と同じ役割を果たせるようになる。

 

子供達を選別して落ちこぼれを作る教育を平等と言えるのか、それを公教育ですべきなのか。その疑問は常につきまとう。置いて行かれる子供の心境を思うと私も大きな声でこれが絶対に正しいとは言えない。

「誰も取り残さない」

その決断も慈愛に満ちていて良い。全然間違っていない。しかし、その決断をしたならそこから生まれてくる別の問題に真摯に向き合わねばならない。公立進学校を潰したりして「平等な公教育」に邁進してきた人々が、その結果として生じた「体験の格差」の塾に言及して、ただ「不平等だ」と喚くのは非常に無責任な態度だと思う。

 

昔テレビのドキュメンタリーで、ごみ処分場の危険なスクラップの山から売れそうな物を回収して生活する貧国の子供達を見た。彼らは取材に笑顔を見せ「本当は学校に行きたい」「学校で勉強して将来は技術者になりたい」みたいな事を言っていた。

学校は「生きる力」を教える場だろうか。勉強以外にやらなきゃいけない事を提供してやる場だろうか。

何もかも等しくする事はできない。公教育の原点を振り返れば、何の平等を優先すべきか見えてくると思う。

ホワイトすぎて退職はフェイクニュースの疑い

 『最近、企業などに勤める若手社員が「仕事がゆるすぎる」「職場がホワイトすぎる」という理由で、退職するケースが増えているといいます。その背景を取材しました。(上記テレ朝ニュースの記事本文より引用)』

職場がホワイトすぎて退職する若者が急増?そんなバカな。

なぜ「職場がホワイトすぎて」退職する若者が急増するのだろうか。疑問に思ってデータを探してみても本文中にはない。ニュースの中に登場する情報源と思われる古屋星斗氏を検索してみると、このニュースの元となったと思われるビジネスインサイダージャパンの記事が見つかった。

この記事の中には複数の調査結果が載っている。本文で言及されている調査結果は次の通り。

  1. 過去(10年、20年前)の新入社員より今の新入社員は労働時間、残業時間が減少している。
  2. 過去に比べて叱られた経験のない新入社員が増えている。
  3. 過去に比べて「休みが取りやすく失敗が許され副業に肯定的な職場である」と回答する新入社員の割合が増えている。
  4. 過去に比べてストレスや不安を訴える新入社員の割合が増えている。
  5. 不安感の原因に「自分は別の会社や部署で通用しなくなるのではないかと感じる」と回答した新入社員の割合が48.9%(この調査結果だけグラフなし比較なし)
  6. インターンや職場見学など入社前の社会活動経験のある新入社員の割合が増えている。
  7. 入社前の社会活動経験が多い若者ほど離職率が高い。

以上である。

どこにも「職場がゆるすぎて退職するケースが増えている」を示すデータがない。

一連のデータからこの結論を導くことも無理だと思う。

退職に関して示されているデータは7だけで、その内容は要するに他の企業、他の社会を知っている若者は自社との比較が可能で、転職の伝手もあり、より良い環境を選択しやすいという話だろう。そして6で示されているように色々な社会を知った選択肢の多い若者が増えたから若年離職者も増えたと。素直に解釈すればこうだろう。

「職場がゆるすぎて退職するケースが増えている」と主張するなら回答項目にこの理由を入れた離職理由を問うアンケート調査を離職者に行うべきだった。

古屋氏は職場環境が改善されているのに不安感が高まっているのは妙だ、と言って5の結果を本文中に提示している。ここから「ゆるい職場が原因の退職」論に持って行きたいようだが、5の調査結果が

この「不安感」を深堀りすると、興味深いことが分かる。直近の新入社員の48.9%が、「自分は別の会社や部署で通用しなくなるのではないかと感じる」と回答していたのだ。

しか書かれていないので、どんな質問だったのか、他にどんな回答が用意されていたのか、回答が単一選択だったのかも分からない。過去との比較もない。もしかしたら過去の新入社員でも同じような回答傾向になったかもしれない。48.9%です、とこれだけ示されてもそれが高いのか低いのか判断のしようがない。

 

どの道テレ朝ニュース本文の若手社員が「仕事がゆるすぎる」「職場がホワイトすぎる」という理由で、退職するケースが増えている』に根拠がない事に変わりはない。日本ファクトチェックセンターに調査してもらいたい。

 

なお古屋氏は見出しにも「ホワイトすぎて離職」とクエスチョンマークを付けているし、本文中でも「職場がホワイトすぎて退職する若者急増」といった断定はしていない。

しっかりと「ゆるい職場が若手の離職の一因になっている可能性がある」と断り書きをしている。

一因になっている可能性がある。一因であって主要因ではないし、一因にすらなってない可能性もある。そういうことだ。

だから古屋氏の記事はフェイクニュースではない。しかしこれがテレ朝ニュースに移植されると、若手社員が「仕事がゆるすぎる」「職場がホワイトすぎる」という理由で、退職するケースが増えている』になってしまい、本文中に根拠も示さないわけだから、これはもうフェイクニュースと言わざるを得なくなる。

別にテレ朝担当者に悪意があってやってるわけではなく、単純にこういう調査研究の扱い方を知らないだけだと思うが、フェイクニュース狩りに熱を上げるなら自分達のいい加減な情報の扱い方にも目を向けるべきだとは思う。