コロナとマスコミ

マスコミが世論を先導する社会でいいのだろうか

人道に対する罪とアメリカによる原爆投下

戦争の話になると「歴史に学べ」とよく言われるが、現実には歴史を学ぶ機会がない。義務教育で行われる歴史の授業は縄文時代から始まり、記録の不確かな時代を延々学ばされ、太平洋戦争に入る頃には時間切れで肝心な所にほとんど触れられずに終わってしまう。

NHK大河ドラマは繰り返し同じ時代、同じ武将を取り上げ続けているが、太平洋戦争は全然取り上げない。扱ったのは1984年『山河燃ゆ』の一度きりだ。

「戦争は二度としてはいけない」「だから歴史を学ぶんだ」と学校の先生もテレビに出ている知識人達も口ずっぱく言い続けているのに、その熱意はいつも言葉だけで終わってしまう。個人の悲惨な体験は頻繁に取り上げるが歴史としての戦争には触れたがらない。

おかげで私達は何も知らないまま大人になってしまった。

今年もまた誰それが靖国参拝したと界隈が盛り上がっているが、この問題もいつも右翼左翼の対立に矮小化されてしまい残念に思う。毎年毎年問題として取り上げているのだから、せめて戦犯が何なのか、東京裁判で何が裁かれたのかまで踏み込んでほしい。

そして、なぜ東京大空襲や原爆が戦争犯罪にならないのかまで議論が進む事を願う。

「日本は悪い事をしたのだから不公平な裁判でも仕方ない」という意見は今の世で「犯罪者に人権はない」と主張するのに等しく、リベラル的な価値観にそぐわないと私は考えている。

アメリカの原爆投下が戦争犯罪として裁かれたとしたら、あるいはアメリカが非を認めて謝罪するような事態になったとしたら、核兵器の使用は今より一層難しくなり「核兵器のない世界」の実現にも近付くはずだ。原爆投下を人道に対する罪と追及する事は反核活動とも相性が良いはずなのだ。

本来なら、これは右翼左翼が共闘できるテーマなのである。なのに左翼はいつも日本政府への攻撃が第一義でそれ以外眼中にないし、右翼は靖国問題を英霊を敬えという情念の話にしてしまって残念だ。