コロナとマスコミ

マスコミが世論を先導する社会でいいのだろうか

憲法とコロナ

このニュース、大変痛ましい話で、こういう真面目な人が報われない世はむなしい。

このニュースは「一般には厳しい水際対策を敷いてるのに五輪関係者に対してだけ甘いのはおかしい」という内容だが、誤解を招くおそれがあると思うので不備を指摘しておきたい。

このニュースにある通り日本の水際対策は一見厳しいように見える。しかし実際には機能していない。

入国後の待機を守らない人が一日に300人以上いる日もあるとのこと。


五輪関係者とそれ以外で対応に一貫性がないのは確かだ。それは責められても仕方ない。私が指摘したいのは「五輪関係者以外に対しても厳しい水際対策なんて実施されていない」こと。この事実は皆が知っておくべきだと思う。

今年四月に外国人が1万7,500人も入国して、そのうちインドから700人も入国していたなんて皆さんご存じだっただろうか。すでに日本にはデルタ株が流入している。五輪以前の段階で、こういうところから入ってきているのである。

隔離の監視対象者が一日に2万人以上いるなんて知っていただろうか。そして日本の水際対策が「要請」に過ぎず罰則もないために、多くの入国者が隔離から逃れていたことを知っていただろうか。

上のデイリー新潮の記事には厚労省の話として次のような記述がある。

「確かにイタチごっこになっている現状があります。1日あたりの監視対象が約2万人で、それを監視するスタッフは約300人。監視する業務がどんどん増えていき、追いついていない。今も1日あたり100人くらいの違反者がいます。ただし、憲法で『移動の自由』が保障されている以上、罰則を負わせることが難しいのです。国内で感染した人にも自宅待機を強制していないのに、陰性証明書を持って入国時に陰性だった人に対してだけ強制できるのか、という議論もあります」


こういう根本的な問題を修正しないことには有効な水際対策なんてこれからもずっと実施できないままだと思うが、新聞テレビは驚くほどこの問題に突っ込まない。この問題は今回の新型コロナだけにとどまらず、次に発生する感染症へ我々がどう対応していくのかの問題でもある。

感染症を抑えるために市民の権利を制限するところまでやるのか、それとも感染症の完全抑止は諦め自由を重んじ憲法にまでは踏み込まないようにするのか。

感染症は絶対抑えろ、でも自由は侵害するな」

は実現できない。子供でも分かる。人が交流すると感染が広まるのだから。感染症を抑えるには社会行動を制限せざるを得ない。

次にもっと脅威度の高い感染症が襲ってきた時に、現在の「緊急事態宣言」で対応できるだろうか。現状ではそれほど人出が減っていないという情報もある。「まともな政府に代われば国民は言うことを聞いてくれる」のだろうか?

いずれにしてもこれは我々が議論して決めなければならないことだ。このままでいいのか、変えなければならないのか。自由が至上なのか、安全が最優先なのか。様々な視点から分析された幅広い情報を元に我々が議論して、多くの人が納得できる妥協点を探さなければならない。

新聞やテレビ、ジャーナリストはそのために必要となる。私たちを本質的な議論に導き、幅広い視野、たくさんの視点を提供するのが彼らオピニオンリーダーの仕事だと私は思う。